生きる。

「あ、これはもういつ帰れるかわからんなぁ〜」

不穏な言葉ではあるが、

子どもであった私は、

その非日常さに

ワクワクしたのを覚えている。

これは私の子どもの頃の話である。

この出来事が私の人生を変えようとは
この時、知る由もなかったーーーーーーー

目次

始まりは船の旅

子どもの頃、祖父の船で離島へ行った。

離島で2泊ほどし、帰る予定の前日の夜。大きな台風が直撃することが確定した。

祖父は明日は帰れないことをみんなに伝えた。

途方に暮れる大人達をよそに
子ども達はみんな、まだまだ遊べることに喜んでいた。

その日、私たち子どもチームは、誰かのモノマネをして、
それを誰のモノマネか当てるゲームをするなどし、

充実した時間を過ごした。

私のモノマネはというと、

ベタではあるが

武田鉄矢のモノマネ

をして生計を立てていた亡霊をお祓いをする陰陽師であった。(2役)

師「この者に憑いているのは悪霊か」
ーーーおもむろに、枝や草木を散らす

師「悪霊なのか?えぇ!?答えろ!!」

(鉄矢)『僕は死にましぇぇぇん!!!(鼻水ズビーーーー)』

師「お前が辛かったことはよくわかる。(棒読み)」
師「この者の肉体は、この者だけの肉体である」
師「即刻出てゆけ」

出てゆけー!!!!!(バシィン!!)」


(鉄矢)『ケガワラシイ人間ドモヨ…我憎シミト苦シミヲ知ルガヨイ…(ダミ声)』

〜fin〜

不思議ではあるが、

このメジャーなモノマネは
誰にもわからなかった。

そして食料が底をつき始め

台風で足止めをくらっているにもかかわらず、
割と楽しい時間を過ごしていた。

それはひもじい思いをすることなく、よく遊び、よく眠ることで
心身の健康が確保されていたからである。

しかしそれは長く続くものではなかった。

食料は底をつき始めていた。

それもそのはず、2泊3日分の人数分の食料しかもってきていないのだ。

島のどこかで調達できそうなものの、店らしい店はしまっており、
全員が満足できるほどの食料はない。

しかたなく、細々と残りの食べ物やおやつを口にしながら台風が過ぎるのを待った。

腹が減っては戦はできぬ。

こんなことならモノマネで体力を使うんじゃなかったと
後悔した。

私も含め、子どもたちは皆元気を無くしていた。

そんな孫たちを見かねたのか

祖父はこんなことを聞いてきた。

「チキンあるぞ、たべるか?」

(チキン…???あるんだ・・・隠してたのかな)

みんなが大好きなチキンなら最初の夜に出してもおかしくないけど…

多少不思議に思ったが、ここはやはり子ども。
食べたい!嬉しい!という気持ちの方が強かった。

こどもたちが「食べたいたべたーい!!」と盛り上がると、
祖父は腕をまくり、「よーし、待ってろよ〜」
と言って
船の方に消えていった。

狡猾な私は、
味見のおこぼれがもらえるかもしれないとの気持ちで祖父のあとを追った。

有名なあのチキンの歴史秘話

調理場へ近づくと

何やら物騒な音が聞こえる

なぜかここは入ってはいけない気がして、

物陰に隠れ、耳を澄ませた。

すると

ガシャン!!!!!

大きな音が鳴り響いた

祖父「フーッ」

バサバサッ

(何?バサバサ??)

ゴケーーーーッ!!!コッコッコッコ!!

私(…!?何??すごい大きな声・・)

祖父「動くなよ〜ッ、これっ、動かないっ」

私(???????・・・・・・・!?)

祖父「フンッ!」

ガンガン!!

(!?!?!?!?!?!?)

ゴケェーーーー!!ガンッ!!!

ゴkッガン!!!!

・コッ・・・・・・・・・ガン!!

・・・一体、祖父は何をしてるのだ?

一体、祖父は何を、始末しているのか?

子どもながらに状況を理解し始めた。

(チキンて・・・・・・・)

(そこから!?!?)

あの優しい祖父が。穏やかな祖父が。
自ら手を汚している。

だがここで考えた。

そもそもチキンは最初は生きた鶏だ。

チキンという食べ物に生まれ、私たちの食卓へ来たのではない。


祖父だって、子どもたちのためを思って調理し、
こんなときのために鶏を飼っていたのだろう。

エマージェンシーチキンを、この日のために大切にしていたんだろう。


いろいろ自問自答していると、祖父に見つかった。

「あぁ…いたのか。うるさかっただろう」

祖父は爽やかに笑った。

あんなことをやっておきながら、こんな風に笑えるのは

カタギではない。

私はおそろしくなって

私は走ってみんなのところへ戻った。

しばらくして祖父がこんがりと焼き上がったチキンを持ってきた。

みんなはそのチキンを美味しそうに頬張っていた。

その光景は、いつもの食事風景と何ら変わりはない。

私はチキンのバックボーンをその姿にうつしてしまい、手がつけられなかった。

でも背に腹は代えられぬ。私は葛藤していた。

私が生前の声を聞いてしまった、調理の過程を聞いてしまった。

それだけのことである。

今まで食べてきたチキンも、皆おなじような運命ではないか。

命をいただくということは、こういうことではないのか。

そうやって我々は命を繋いできたのではないのか。

私は納得し、
とうとうチキンを食べた。

その瞬間不思議と、
【私はとても特別な存在】という気持ちになり
チキンが愛おしくなった。

数ある生命の犠牲に、我々の命が受け継がれていることを
忘れてはならない。

そして、これからも
私は、それを後世に伝え、残していく必要がある。

この経験から私は、
独自の製法と皆に愛されるチキン作りを目指し
本場アメリカへ渡った。

で、俺が生まれたってわけ

で、俺が生まれたってわけ

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